久保建英、不運と試練の6年間の先に「自分の実力が上がったことが全て」26年W杯導く圧巻1G1A – ゲキサカ

久保建英、不運と試練の6年間の先に「自分の実力が上がったことが全て」26年w杯導く圧巻1g1a-–-ゲキサカ スポーツ
久保建英、不運と試練の6年間の先に「自分の実力が上がったことが全て」26年W杯導く圧巻1G1A – ゲキサカ

[3.20 W杯最終予選 日本 2-0 バーレーン 埼玉]

 決して順風満帆とは言えない約6年間の代表キャリアを経て、ついに歴史的歓喜の瞬間をもたらした。日本代表MF久保建英(ソシエダ)は北中米W杯出場権がかかるバーレーン戦で1ゴール1アシストの大活躍。大会公式のプレーヤー・オブ・ザ・マッチにも選出され、今後も長らく語り継がれるであろう“史上最速”予選突破劇の主役となった。

 これまでスペインのラ・リーガでは何度も同様の栄誉を授かりながらも、日本代表ではなかなか巡ってこなかった主役の座。「今まで代表では個人的にあまり“ラッキーをする”ことがなかったと思っていて。今回もちゃんと自分の実力で決めたゴールだと思うんで、自分の実力が上がってきたことが全てかなと思います」。バーレーン戦の試合後にはそう口にし、自信の中にも自嘲が混じる独特の表現で自らの活躍を誇った。

 たしかに久保にとってのA代表キャリアは、長らく不運や試練とともにあった。

 18歳になったばかりの2019年6月にエルサルバドル戦でA代表デビューを飾り、幸先の良いスタートを切ったかと思われたが、ポジション争いに食い込む前にコロナ禍で代表活動が中断。21年夏の東京五輪後には前回カタールW杯最終予選の第2戦・中国戦で先発し、ようやくチャンスを掴みかけるも、その後は負傷による招集外とMF伊東純也の急台頭が重なる形で機を逸した。

2019年6月9日にA代表デビュー

 A代表初ゴールはデビューから丸3年が経った22年6月のガーナ戦。通算出場17試合目でのことだった。当時は21歳にしてスペインでの公式戦通算100試合以上を重ねており、日本での評価よりもスペインでの評価がはるかに上回っている状況。代表での立場への葛藤は大きく、直前のブラジルとの大一番に出場できなかったことに「何で出してくれないんだよって思ったし、俺が出たらもっとやれていたと思っていた」と率直な思いを口にしたこともあった。

 とはいえその頃から、置かれた立場とフラットに向き合う視点も同時に持ち合わせていた。公の場で出場機会への葛藤を語る際には「試合に出ていない僕が言ったところで負け惜しみでしかない。練習からやれることをやっていくしかない」とも付け加え、自身に矢印を突きつける姿勢は忘れなかった。ガーナ戦のゴールもその矢先のことだった。

 しかし、その後も試練は続いた。ソシエダ移籍を転機にパフォーマンスを上げていた22年9月のドイツ遠征で左サイドハーフのポジションを掴み、同年末のカタールW杯本大会にも主力として挑んだが、出番は一方的守勢に回ったドイツ戦とスペイン戦の前半45分間のみ。再起を期して挑むはずだったラウンド16のクロアチア戦は体調不良で帯同すらできず、そのまま初の世界舞台が幕を閉じた。

W杯デビューは合計90分で終了

 翌23年3月に第2次森保ジャパンが発足して以降は、欧州カップ戦との連戦も影響してか、白熱するレギュラー争いの中で出場時間が伸びずに葛藤する時期が再び続いた。

 ただ、途中出場で2アシストを記録した23年9月のドイツ戦ごろからは「スペインで結果を出している自信があるので結果で示していけば良い」とった心持ちを口にする場面が増え、起用に対して時に複雑そうな表情を浮かべることはあっても、その悔しさをなんとかピッチ上のパフォーマンスに転化させようとしている姿がより強く感じられた。

 そうした自身の変化について、久保は今回の活動での取材対応で自ら言及。「(スペインでの活躍によって)他人を羨ましいと思う必要もなくなったし、自分の実力はしっかり分かっているつもり。幼稚さというか幼さは抜けて良い選手になれたかなと思う」とやや客観的な表現で評した。

 転機となったのは何よりもソシエダでの継続的な活躍であろう。ただ、日本代表の活動を通じて巡り合った変化もあったのだという。久保はバーレーン戦後、記者会見で「年上の代表選手に選手としての誇りなどいろんなことを教わり、人間として成長できた」と自身の成長を口にし、その後のミックスゾーンでもカタールW杯での出来事を振り返りながら次のように語った。

「それこそW杯の時は個人的に悔しい思いをしていたけど、長友(佑都)選手とか川島(永嗣)選手が寄り添ってくれて、僕の気持ちも分かりつつ、チームを応援することも忘れずにいろんな面で助けてくれた2人だったので、2人に個人的に今でも感謝しています」

W杯出場決定後、DF長友佑都と歓喜の表情

 そうした精神面の安定感はパフォーマンスにもつながっていた。「前回の最終予選は自分の幼稚さ、幼さが出たけど、今回はチームのためにということだけを一心に考えた結果、ゴールを決めて勝利に貢献できてうれしい」。バーレーン戦2日前の取材対応では「この試合で久保が活躍したうんぬんより、チームが勝てればいい」と謙虚に語っていたが、見事にそれらを両立させる大仕事でW杯出場権獲得の立役者となった。

26年W杯出場を決定づけるゴール

 もっとも、久保が所属クラブで日常を過ごしているのも、代表で目指しているのもアジアレベルではなく世界トップレベルの舞台。真価が問われるのはこれからとなる。久保はこの日、自らがベンチで見つめた3年前のカタールW杯出場決定戦・オーストラリア戦をしみじみと振り返りながら、新たな決意を口にした。

「それこそ前回のW杯が決まる時は僕はベンチで見ていましたけど、W杯は最初から試合に出ているので、そういった意味でいまベンチの人もW杯でスタメンになっているかもしれないし、今日スタメンで出ていた僕らがW杯はベンチで見つめることになるかもしれない。それはこれからの1年で代表がどう変化していくか、自分がどう変化していくか次第だと思う。あとはその時にいなかった選手がW杯でメンバーに入る選手もいるし、それこそ町野(修斗)選手は最終予選にいなかったけど、W杯メンバーに入っていた。今回もまたメンバーに入って、今日も惜しいシーンが何度かありました。そういう意味でみんながみんな(W杯を)狙っていると思うので、慢心せずに自チームに帰ってから日々勝負したいなと思います」

 25歳で迎えるW杯で主役を狙うからには、代表での立場以上にクラブチームでの地位もさらに高めていく姿勢だ。「年齢は関係ないと常に言いつつ、25歳になると身体のほうも出来上がってくる頃だと思うので言い訳も利かない中、でもヨーロッパでやっているとチームによってはすごい速くて、それこそ“ギフテッド”みたいなフィジカルお化けみたいな選手もいて。彼らとどう渡り合っていくかというのをこの1年で突き詰めていって、僕のできるプレーを最大限発揮できるW杯にしていきたいと思います」。W杯に導く仕事はあくまでも通過点。1年3か月後、北米の地でさらなる歓喜をもたらすための挑戦がここから始まった。

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(取材・文 竹内達也)


●北中米W杯アジア最終予選特集

竹内達也

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